「熱海のにぎわい」を取り戻したい。駅前のビルから、観光地・熱海を変えていく兄妹の挑戦
観光地として知られる熱海。その熱海の“顔”とも言える駅の正面に「アカオ商店」のビルはあります。丸窓がどこかレトロで、懐かしさを感じる佇まいです。
現在、赤尾光一さん(50歳)・井上仁子さん(42歳)のご兄妹を中心に、ビルの地下1階と2階では飲食店(カフェと釜飯屋)を、1階では雑貨店(趣味の店)を運営しています。
2020年、おふたりは両親から引き継いだ1階の雑貨店を、別事業へと転換させるために動き出しました。長年続けてきた事業を継続させる選択肢もあったなか、なぜ新たな事業転換を考え始めたのでしょうか。その背景や、これからの観光地・熱海にどのような思いを抱いているのか、光一さん・仁子さんにお伺いしました。
「観光地のにぎわい」を肌で感じながら育った子供時代
光一さんで三代目になる「アカオ商店」が、駅前で事業が始めたのは約50年前です。
「熱海で商売をしたかった祖父が群馬県から移住し、この場所を見つけて土地を買い、1階を土産物屋にして開業したと聞いています。当時は平屋建てで、現在のビルを建てたのは二代目の父の時代です」(光一さん)
この50年間のあいだで、1階の土産物屋は「趣味の店 アカオ」として雑貨店へと姿を変えました。
「熱海には⼟産物屋が多数あるので、新しいモノ好きだった父は『ほかと同じことをしていては⾯⽩くない』と、自分たちの好きな雑貨を中心に販売する店へとシフトしたそうです」(光一さん)
また、2階にはランチやデザートを楽しめる「Cafe Agir(カフェ・アジール)」を、地下1階には食事処の「味くら」を開業するなどして、主に観光客向けの事業を三代続けて展開してきました。
光一さんと仁子(よしこ)さんは、大勢の観光客を出迎える両親の姿を見ながら育ちました。ふたりの学生時代といえば、熱海観光の絶頂期。年間観光客数は450万人前後の時代です(コロナ前の2019年は約300万人)。休日には駅前に人だかりができ、まっすぐに歩けないほどの人気ぶりでした。
「特に夏休みなどの長期休みは大混雑で、両親は接客で忙しく、私たちを親戚の家に預けなければいけないほど。観光客のお客様は、熱海に来ることで“非日常感”を味わっているはずなので、『日常を思い出させることがないように、店の近くを学生服でウロウロしないようにしよう』と考えたりもして。
昼夜問わず、がんばって働く両親の商売を邪魔しちゃいけないと、子供ながらに思っていました」(仁子さん)
大学卒業後、光一さんはゼネコン会社に、仁子さんは流通会社に就職しましたが、光一さんは2003年にUターンし飲食店を、仁子さんは2005年から雑貨店の運営に携わり始めました。
「両親からは『継いで欲しい』と言われなかったこともあり、私も妹も、はじめは事業を継ぐ気はありませんでした。ですが観光業を見て育ち、就職後も心の片隅に“ここの存在”がずっとあったのだと思います」(光一さん)
苦しい今でも「観光業」にこだわりたい
これまで雑貨店・飲食店を運営してきた「アカオ商店」ですが、今後は2021年秋冬を目安に、1階の雑貨店を新たな事業へと転換していく予定です。
「これまで1階では、私と母の好きなフランス雑貨を中心に販売していました。ただ、ここ10年ほどは赤字が続いていたんです。3店舗トータルで見ると黒字とはいえ、何かしら変化が必要だとは感じていました」(仁子さん)
それでも両親が大事に守ってきた事業ということもあり、ふたりとも「両親が健在なうちは現状維持でもいいだろう」と考えていました。
「転換期は2020年の家族会議でした。両親を交えて1階の店舗の今後を話し合ったところ、両親から『この商売に執着はないから、お前たちの好きなようにやっていい』と言われたんです。その一言で、1階の事業を変化させていこうと決心しました」(光一さん)
「その決断ができたのは、私が熱海にUターン後、出産・子育てを経て、改めてここに生活基盤ができたことも大きく影響しています。 “このまちで生活していきたい”という気持ちが固まり、事業にも向き合う必要があると感じました」(仁子さん)
コロナショックによって観光地・熱海は大きな打撃を受けています。主に観光客向けに事業を展開しているアカオ商店も、厳しい状態にあります。ですが、光一さんも仁子さんも「これまで通り、観光客向けの事業を続けていきたい気持ちはブレない」と話します。
「熱海駅前のこの立地を活かすには、やはり観光客向けの事業がいちばんだと考えています。今回のコロナ渦を経験したことで、“熱海は観光客がいないと成り立たないまち”だと改めてわかりました。
柱である観光業がしっかりしないと、教育や福祉など、まちにも還元できません」(光一さん)
熱海市の議員も務める光一さんは、「両親から事業を本格的に引き継ぐにあたり、これまでは『赤字を減らすこと』や『(目の前の)利益を生むこと』に目線がいっていましたが、『熱海の観光業を成り立たせる』という視点や思いが加わった」と話します。
「これまでと同じではなく、インバウンドやテレワーク・ワーケーションなども含めて、改めて“熱海の観光のあり方”を考える時代に来ています。この場所から、熱海の観光業がどのような方向に向かえばいいのか、誰に来てもらえたらいいのか、そして来てくれた人に何を提供するのかを考えていきたいんです。
自分たちの事業にも紐付けながら、熱海のまちに還元できることをしたいと思うようになりましたね」(光一さん)
大勢の観光客が訪れる、にぎやかなビルを目指す
1階店舗の新しい事業形態はまだ決まっていませんが、実現させたい光景はふたりとも共通しています。そこには先代の思いも深く関わっています。
「このビルを“人が集まるにぎやかな場所にしたい”と考える父は、熱海駅に降り立った観光客に『あそこに行けば面白そうだな』と思ってもらえる店づくりを目指してきました」(光一さん)
「父は商店街のなかで最初に“自動ドア”を導入したそうです。それまでは店先に商品を並べて集客する方法が一般的でしたが、自動ドアにすることで、店内で商売を完結させないといけない。今では当たり前の光景ですが、当時の熱海ではありえない商売の手法でした。2階の喫茶の窓を全面ガラス張りにしたのも父が最初だったと聞いています。
それらの施策には、“人が集まる観光地にあるお店として、常に新しいことをしていきたい”という父の考えが反映されているんです」(光一さん)
時代に先駆けた挑戦をし、にぎわいをつくる。そのDNAを引き継いだ光一さんと仁子さんは「この場所から新しいことに挑戦して、それを熱海の魅力のひとつになるまで育てられたら」と考えています。
「ここを目指して来てくれたお客様が集まって、『あそこはいつもにぎやかだよね』といわれるような場所にしたいですね。
同時に人間味のある暖かいコミュニケーションが取れる場所にしていきたくて。お客様に楽しんでいただき、『この場所に来てよかった』と思ってもらいたいです」(仁子さん)
「熱海にたくさんの観光客が押し寄せて、このビルもにぎやかだったころを見ながら育ちました。だから、今でも“あのころの姿”を追い求めているのかもしれません。
にぎわいを取り戻すためにも、ビル全体をうまく活用しながら、店づくりをしていきたい。アイキャッチのような存在として育て、熱海を訪れた人に『楽しそうなビルだな』という印象を持ってもらいたいし、帰る人にも最後まで楽しんでもらえる場所にしていきたいです」(光一さん)
取材・文:流石香織、写真:栗原洋平
PROFILE
有限会社 アカオ商店
担当者:赤尾光一、井上仁子
住所:静岡県熱海市田原本町8-5
Tel:0557-83-3515
Mail :kouichi51@jeans.ocn.ne.jp
Web:「Cafe Agir(カフェ・アジール)」 、食事処「味くら」
創業:1971年
資本金:3600万円
事業内容:小売業(「趣味の店 アカオ」)、飲食事業(「Cafe Agir(カフェ・アジール)」、食事処「味くら」)