なぜ街にアートが必要なのか。アトリエ兼ホステルをオープンした、現代アーティスト流まちづくりとは
熱海港に臨むまち、渚町。昔ながらの風情を残すこのエリアに2019年9月23日、シェアアトリエとホステルから成る複合施設「アトリエ&ホステル ナギサウラ」がオープンしました。
この施設を企画運営する「混流温泉」代表の戸井田 雄さんは、現代アーティストであると同時に、まちづくり会社「machimori(マチモリ)」の取締役として熱海のまちづくりにも取り組んできました。
アーティスト自身がまちづくりを主導するのは珍しいケースにも思いますが、なぜ戸井田さんは「まち」に関りはじめたのでしょうか。そして戸井田さんが考えるアートがまちにもたらす影響や生まれるもの、両者の関係性についても伺いました。
アートと社会は切っても切り離せない
2015年から渚町にアトリエを構える戸井田さん。グラフィックデザイナーの奥様とともにアートイベントの運営や、熱海市内の商業施設のディスプレイ、商品パッケージなど各種デザインを手掛けるかたわら、アートの目線を入れたまちづくりに奔走します。
アートというと、まちや暮らしから離れたやや高尚なものと捉えられる向きもありますが、そうではなく、実は「社会とは切っても切り離せないもの」であると戸井田さんは考えます。
「個人の表現を突き詰めていても、結局は“社会の中の自分”という存在がついてまわるので、意外と世の中の状況が作品に表れるんです。そういう意味でアートはとても社会性が高く、哲学者や社会学者と同じくらい世の中のことを考えている存在なのかなと思っています」
そもそも戸井田さんがまちづくりに興味を持ったのは、自治体や国からの地域活性化関連の依頼で各地にアート作品を制作する中で、「自分がいなくなった後、地域にアートが残るかわからない」と疑問を持ち始めたことがきっかけでした。
熱海で活動するうちに、アーティストが継続性を持って関われる、暮らしていける環境づくりに着手したいと考えるようになります。
アーティストがいるまちが「健全」なわけ
これまで、まちなかにアート作品を制作する取り組みは各地で行われてきました。多くの人が見慣れた「駅前や広場に銅像のある風景」をはじめ、意外とアートはまちのなかにあるのです。
ですが、戸井田さんは「アートが入ることで生まれる影響は、単に作品がまちを彩るというだけにとどまらない」といいます。
「“アート=もの”ではなく、ソフトの部分にも価値を見出してほしいと思っています。アメリカの文筆家カート・ヴォネガットは、アーティストを社会における『炭坑のカナリア』と表現しました。炭坑で有毒ガスが発生するとカナリアが卒倒して危険を知らせるように、社会がおかしくなったら最初に声を上げるのがアーティストの役割だと。
先ほどアーティストは社会のことを考える人だとお話ししましたが、それに加えて、アーティストのように視点が違ったり、言語以外でコミュニケーションをとったりする人がまちに存在できること自体、そのまちに多様性や表現の幅を理解する余裕のあるということ。アーティストがいられるかどうかで、まちがうまく機能しているかがわかるんです」
MARUYA立ち上げのケースでは、当初machimori代表の市来広一郎さんと意見がかみ合わなかったという苦労もあったそうです。
「最初はお互いに何を言っているのかわからなくて、議論すらできなかったんですよね(笑)。今思えば、背景となる考え方が違うので、同じ言葉を使いながらも互いの認識がそもそもずれ続けていたんです」
話し合いでも何度も立ち止まる反面、戸井田さんが参画したことで結果的に議論の幅が広がるという効果が現れました。
「例えばゲストハウスMARUYAのコンセプトを考える時も、『MARUYAをまちに向けて開いた存在にするのであれば、まちの人が一番必要な“トイレ”を入り口に持ってきてはどうか?』という意見を出したりしてました。
結局その案は採用されませんでしたが、その意見が出たことで議論がちょっと曲がる。予定調和の意見ばかりでスムーズに生まれたアイデアに比べて、脱線を繰り返す議論で考えたアイデアって強度が増すんじゃないかと。
MARUYAの懐の深さは、立場の違う多様なメンバーが机上だけじゃなく、時には温泉に入りながら、時にはビーチに行ったり、飲んだり、現場の作業を一緒にしたりしながら、諦めずに議論しているからこそ維持できているんだと思っています」
作家と宿泊する人が混ざり合う「アトリエ&ホステル ナギサウラ」
数年前からはmachimoriの仕事をセーブし、「まちづくり」の観点を持ちながら、混流温泉としてよりアートに特化した取り組みに専念し始めました。
今年9月23日には、渚町に「アトリエ&ホステル ナギサウラ」をオープン。割箸屋だった建物の倉庫部分はシェアアトリエ、母屋部分は9名までの合宿にも対応可能なホステルというこの施設は、アーティストのための場所づくりだけでなく、観光客がまだあまり訪れないこのエリアに人を集める役割も担います。
「アーティストと宿泊客という、違ったターゲットがここで混ざり合うようなことが起きたら面白いなと思っています。ゆくゆくはナギサウラを起点にアーティストの点在するエリアを、2本向こうの通りにある『nagisArt(ナギサート)』の辺りまで広げていけたらいいですね。
いずれナギサウラもシェハウスにしてもいいと思いますし、つくる人が住むエリアにしていければ、この辺りに面白い風景ができてくると思います」
渚町をアーティストが点在する多様性のあるまちに
新たな動きが生まれつつある渚町に限らず、古くからの住民が多いまちは、時には外部から持ち込まれたプロジェクトが住民の強い反発を受けることもあるといいます。
ですが、自身も渚町に移り住んだ戸井田さんは、決してネガティブには捉えていません。
「渚町を知ったのは2013年に参加した第1回『リノベーションスクール熱海』がきっかけ。木造の建物が密集してて家賃も安く、カスタマイズしながら住めるところが面白いなと感じていました。
地元のコミュニティが強いことがわかっても、『面倒だな』とはならず、むしろ自分が住んでコミュニティに入っちゃえばいいと思ったんです。僕の場合、これまで各地でスケールの大きな作品をつくってきたので、反対する住民との交渉や、拒否されたりすることに慣れているんですよね。ダメと言われても、ダメな理由を言ってくれただけでも改善点が見つかってガッツポーズ、みたいな(笑)」
今後は「アトリエ&ホステル ナギサウラ」を基盤に渚町エリアのリノベーションやまちづくりに取り組む戸井田さん。渚町周辺でまちづくりに協力してくれるキーパーソンとのつながりもでき、マルシェやアートイベントの開催をはじめ、次に実行したいアイデアは続々と出始めています。
それらを整理して一緒に進めてくれるメンバーも仲間に加えながら、実現へと向かっていきます。
「老朽化していく木造住宅、高齢化する住人の方々など、この渚町は、少なくともこの先3年~5年で大きく変わらざるを得ないエリアです。MARUYAがある熱海銀座で起きたような変化が、これから渚町でも起こっていくと思います。
まちづくりではプレイヤーが求められがちですが、地元のネットワークはほぼできていてアイデアもあるので、今後はどちらかというとマネージャー的な役割が果たせる人が必要になってきます。
アーティストが点在する多様性のあるまちを目指すにあたり、熱海に根を張る人だけではなく、少しライトな関わり方をする人とも一緒にやれると、また幅が出てもっと面白くしていけるんじゃないかと思います」
取材・文:福田さや香、写真:栗原洋平(1.2.3.5.7枚目)
PROFILE
1983年横須賀市生まれ。2008年武蔵野美術大学大学院修了後、教育系ベンチャー企業にて、産学合同プロジェクトの企画運営、住宅のフランチャイズマニュアル作成、塾のカリキュラム作成を担当。
2010年から現代美術の作家活動を始め、あいちトリエンナーレ(2010)、神戸ビエンナーレ(2011)、水と土の芸術祭(2012)等の展覧会に参加しながら、海外のコンテスト(UK-Japan Art, Design and Film award 2010)でも作品が評価され、活動の場を広げる。
展覧会を受け入れる「地域」に関心を持ち、2013年に熱海に移住。熱海のまちづくり会社「machimori」と活動を共にしながら、自身でも展覧会「混流温泉文化祭」の実施や、アサヒアートフェスティバル報告会の誘致などを実現。
「アート×まち×ビジネスのちょうど良い加減」を目指し、2016年に「混流温泉 株式会社」を設立、2019年に「アトリエ&ホステル ナギサウラ」をオープンさせ、熱海で活動を続ける。