地域に根ざした「新規事業」で地域に貢献したい。自動車学校が街を元気にする理由
熱海駅からほど近い、伊豆山を登った高台にある「マジオドライバーズスクール熱海校」は熱海市内で唯一の自動車教習所です。
その大きな特徴は、運転教習を行うことと並行して、「熱海の街を元気にする新規事業」に力を注いでいること。
自動車学校がなぜ「街を元気にする」ことを目指し、なぜ、運転教習以外の新規事業に取り組んでいるのでしょうか。同校の運営を行う株式会社「マジオネット熱海」取締役・岩田博史さんと、営業部主任・石橋隼人さんに伺いました。
熱海の課題を逆手にとった、2つの新規事業
マジオドライバーズスクール熱海校が所属するマジオネットグループは、東京や鹿児島など全国に7校の自動車教習所を抱え、運営を行っています。
そして全国にある各事業所では、それぞれの地域に根ざした、地域に貢献できるサービスを開発するという目標を掲げています。
熱海校でも2018年より2つの新規事業の展開がスタート。1つは約45%と全国でも突出した熱海市の高齢化率を加味した、脳トレーニング事業です。
「高齢者でもかんたんに操作ができるタブレット端末を利用し、直感的に脳トレができる『脳若トレーニング』というシステムを導入。熱海校での講習のほか、自治体などと共同した高齢者向けワークショップとして、同プログラムを提供する活動をしています。
今、全国的に高齢者ドライバーの事故が問題となっていますが、熱海市内も例外ではなく、高齢者事故率が高い状態にあります。そこで『脳若トレーニング』をきっかけに、高齢者が自分で認知能力の状態に気づいてもらえるよう働きかけることで、事故率を減らすのはもちろん、根本的な健康増進へとつながってほしいという狙いがあります」(岩田さん)
また、今年より新たに開発が始まったのが、レモンの苗木の育成や果実を使った商品化などを視野に入れた「熱海れもん」事業。
一見、レモンと自動車学校の関連性は希薄にも思えますが、その企画・開発理由について、担当者である石橋さんはこう話します。
「あまり知られていませんが、熱海は明治時代に国内で初めてレモンが伝来した、日本におけるレモン発祥の地と言われています。そしてレモンは疲労回復効果のほか、老化を予防する抗酸化作用や、カルシウムやミネラルを吸収しやすくするキレート作用など、優れた健康効果があります。
ゆくゆくは高齢者の多い熱海において、街にゆかりのあるレモンのパワーでお年寄りに健康になってもらいたい。それが結果的に、自動車事故を減らすことにもつながると考えています」
脳トレにレモン、高齢化社会を逆手にとった異例の取り組みについては「まだまだ種まきの段階」と岩田さんは話しますが、これらの斬新な新事業が次々と生まれた背景、特にこの数ヶ月で「熱海れもん」が動き出したきっかけには、マジオネット熱海が「複業」という働き方を受入れ、異業種人材を活用したという決断がありました。
「社員数が少ない熱海校では、既存の教習事業と兼任しながら新規事業の開発を行う必要があり、教習が忙しい時期はどうしても新規事業に人や時間を割けずに歯がゆい思いをしていました。
そこで昨年、新規事業の開発を外部に依頼しようと決意。求人サービスを利用して“複業”というかたちで当社に関わってくださる外部ブレーンを募集したところ、想像を超える数の応募が届いたんです」(岩田さん)
教習事業だけでは、生き残れない
そもそもなぜ、岩田さんたちはそこまで新規事業の開発を重要視しているのでしょうか。
「現在、自動運転の技術は着実に進化しており、ゆくゆくは車庫入れや縦列駐車など、これまで運転技術が必要だった場面も自動で対応できるようになります。確実に『技能教習』の時間は減り、それに比例して教習料金も下がっていくでしょう。
当社は、業界としてはいち早く、技能や技術だけではなく、運転者のモラル教育にまで踏み込む教習を行ってきましたが、自動車教習に代わる新たな事業の柱が必要になるということも早々に実感していました」(岩田さん)
同時に、熱海校が置かれている環境や直面している課題も、それを後押ししました。
「熱海は若い人が少なく、新たに免許を取れる18歳以上の人口は毎年約200人程度。加えてこの200人全員が本校に来てくれるわけでもありません。月に約300人の入校がある事業所もある中、普段から教習人口の少なさを目にしていた社員たちは、教習事業とは別に、新規事業立ち上げの必要性を肌で感じていました」(岩田さん)
仕事は“自分のため”ではなく、“人のため”にするもの
とはいえ、闇雲に事業を立ち上げていいわけではありません。「地域社会への貢献」をどう具現化するかが、熱海をはじめ、各事業所にとっての大きな課題でした。
「そもそも当社は、教習所であるという以前に『仕事は自分のためにするのではなく、人のためにするもの』という考え方を大切にしています。であれば自動車教習だけに固執するのではなく、より柔軟に人のため、地域のためを目指す事業を手がけてもよいのではないかと、数年前からグループをあげて新規事業の開発を促進するようになりました」(岩田さん)
実際に、「マジオドライバーズスクール多摩校」を運営するマジオネット多摩では、2005年から保育サービスを始め、現在では首都圏を中心に認可保育園を7園運営。地域の待機児童問題を解消する助けとなっています。
ほかにも民間救急や高齢者向けの宅配弁当サービスなども展開し、地域に根ざした新規事業の成功例として先んじています。
外のチカラを借りながら、熱海が元気になる未来を目指して
「一方で、グループ内の他事業所から出てくる新規事業の企画案を見ていると、レンタルバイク事業など、発想がどうしても自動車に偏りやすい傾向がありました。
ですが、熱海校は我々にない知識やスキルを持った方々のおかげで、思いもよらない提案が出て、実際に事業プランもスタートしました。自社だけでは成し得なかったスピード感で、ここまで来れたという印象です」(岩田さん)
「彼らの持つ人脈のおかげで、ありがたいことにレモンに関連する企業ともスムーズにつながりが持てました。新しい発想を呼びこんでくれることに加え、これまでの経験や人脈を使わせていただけるのも、非常にプラスに働いています。
新たな仕事のやり方を間近で見させていただくことは、僕自身にとっても大きな成長の機会になっています」(石橋さん)
今後は、新規事業の企画や立ち上げもしながら、すでに立ち上がった新規事業をしっかりと稼働させ、事業の柱として育てていくのが目標です。
「昨年の複業募集を通じて、田舎にある小さな自動車学校のチャレンジを一緒に盛りあげたいと、地方の活性化に熱い思いを持ってくださる人がたくさんいることを実感しました。
そういう外部の方々と関わることで、我々の考え方も広がっていきます。良い刺激を受けながら、熱海の地域に貢献する事業を着実に実現させていきたと思っています」(岩田さん)
いろんな人を巻き込みながら、熱海を元気にしてく。自動車学校の挑戦ははじまったばかりです。
取材・文:木内アキ 写真:栗原洋平
PROFILE
代表: 松本 義孝
住所: 静岡県熱海市伊豆山1173
電話番号: 0557-80-3101/0120-803-103(受付時間 9:00〜19:30)
Mail: atami-soumu@magionet.co.jp
事業内容: 自動車学校の経営、経営受託。新規事業への取り組みなど。