時代に合わせながら、時代に流されない商売を。幕末から続く老舗干物店が目指すもの
日本の朝ごはんの象徴であり、お土産としても知られる干物。昔ながらの日本食として思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
「あをきのひもの本店」は、1866年に創業した老舗干物店です。熱海銀座通りに面する本店や熱海駅の駅ビル店舗には、伝統的な商品に加え、「電子レンジでチン」して食べられる干物、スナックの看板のようなパッケージのおつまみシリーズ「スナック熱海」など、ユニークな商品も多く並びます。
そんな老舗干物店の5代目である青木繁明さん(49歳)は、「老舗だからといって伝統にはこだわらない」と話します。2022年、本店の再構築を見据える青木さんに、お店の背景や事業への思いを伺いました。
友人の一言によって生まれたレンチンシリーズ
「創業は幕末の1866年。元々は米問屋を営んでいたのですが、事業に失敗したため、どうにか日銭を稼ごうと、朝に獲れた魚をその日に売り切る魚の行商を始めたそうです」
当時の熱海は「避寒地」として政界や文豪のVIPたちが訪れる土地でした。高級旅館に魚の行商として出入りをしていた2代目は、「毎朝、刺身ばかりで飽きた」という彼らの声を聞き、魚を開いて塩につけて、海岸沿いの松の下で干した「松風干し」を提供します。
松風干しは評判を呼び、いつしか旅館の朝食や東京への土産の定番になりました。それが今の旅館の朝ごはんやお土産としての干物のルーツだと言われています。
米問屋、魚の行商、そして干物店。時代や需要とともに柔軟に変化してきた「あをきのひもの本店」の“らしさ”の象徴とも言える商品が、焼かなくても食べられる「電子レンジでチン!」シリーズです。
「レンジでチンする干物を始めたのは、約25年前でした。代表である母親が東京の西麻布にある婦人科の先生と仲が良く、お中元やお歳暮で干物を送っていたんです。ただ、その方は毎日とにかく忙しい。現代でいうキャリアウーマンですよね。
ある日干物を送ると言ったら『送ってくれるのは嬉しいんだけど、それ焼いておいてくれない?』って言われたそうなんです。『レンジでチンして食べるだけならすごく助かるの』って。そこで母は電子レンジでチン!シリーズを思いついたそうです」
友人の一言から生まれたレンチン商品は、ライフスタイルや食文化の変化も後押しに、看板表品となります。
「女性の社会進出が当たり前になり共働きも増えた今、時間をかけて干物を焼くというのはなかなか難しい。グリルの後処理も大変ですよね。加えて、一部の都内マンションでは『魚を焼いてはいけません』という規約があるくらいなので、そもそも干物を焼けない家も多いんです。
最近では、ひとり暮らしのご高齢にも火を使わないのが好まれていて、ご本人様やご家族様が購入されています」
求められる声にフットワーク軽く対応してきた
「電子レンジでチン!」シリーズは生産が追いつかないほどの人気商品になりました。しかし当初、青木さんの心中は複雑だったと言います。
「正直、若い頃は『干物って焼くのが面倒』という声に対して、『じゃあ食べなくていいですよ』と思っていたんです。
でも日常的に干物を召し上がっていた方々がご高齢になり、2011年頃には、家庭でのパンの消費額が米の消費額を逆転しました。そのあたりから、いよいよこのままじゃダメだと思うようになりました。売り上げが目に見えて落ちていったのも大きかったですね。
もちろん焼きたての方が美味しいですが、それを押し付けるのではなく、時代に合わせて選択肢を用意していくのは必要なことなんじゃないか、と気持ちが切り替わりました。
『焼くのが面倒だ』という方には焼いた商品を提案するし、『骨を取るのが面倒だ』という方にはほぐしてフレーク状にした商品を提案します。
「2代目が『刺身に飽きた』という文豪たちの声を聞いて干物を提案したように、私たちも求められる声に対してフットワーク軽く応えていきたい。
便利な商品によって、炊きたてのご飯とお味噌汁と美味しい干物といった、豊かな食事の時間が得られるなら、それでいいんだと思います。忙しない世の中だからこそ、一食一食を大事にしてほしいし、その一助になりたいですね」
今こそ時代や土地に縛られない商いを
「電子レンジでチン!」シリーズをはじめとした、お客様目線に向き合った商品開発。そして昨今のコロナ禍での家中需要も後押しに、ECを軸に売り上げは安定しています。
一方で、青木さんは「コロナ禍で、外的要因に振り回される事業のもろさを実感した」と語ります。
「先ほどお話しした『電子レンジでチン!』シリーズを始める十数年前、熱海が観光地として人気を博し多くの観光客が来ていた時代は、ホテルや旅館に商品を置いてもらうことで売り上げが立っていたんです。
ですが熱海の観光業が厳しくなった時、比例するように当社の経営も難しくなりました。そこで当時は都内に視点を向け、百貨店にフラッグシップ店を開いたのですが、コロナ禍で状況が再び変わりました。
これまでの事業のあり方では立ち行かなくなっていますし、ECの強化や熱海における新たな形態での店舗づくりを行うなど、変化が必要な時だと思っています」
干物を売ることに固執しない
「あをきのひもの本店」は今後本店のあり方を見直し、2022年春を目安に本店の再構築を行います。変化に柔軟に対応し、お客様の声に丁寧に応えてきた当社は、これから何を目指すのでしょうか。
「老舗と言われていますが、私自身は干物が事業の軸であると認識しつつも、干物を売ることに固執していません。干物を売ることに固執し続けていたら、事業として限界を迎える気がするんです。
大事なのは、お客様に対して嘘のない商売をすること、そして、外的要因に振り回されない自立した会社として経営をしていくことです」
実際に、最近では前出の「スナック熱海」シリーズや熱海の人気パン屋「パン樹 久遠」とコラボしたサバサンドなどを販売し、若い人を中心に人気を集めています。
「熱海は若い観光客が増えているので、世の中の流れを見ながら商品を開発する必要性はあります。ですが、その流れに迎合したいとは思っていません。時代に合わせつつ、時代に流されない事業を作っていきたいですね」
その上で、「会社の顔である本店のあり方が重要だと思っている」と青木さんは続けます。
「本店は会社の顔だからこそ、私たちが今後何を大事にしていくのか、メッセージや姿勢をここから発信していきたいです。
創業時は魚の行商でした。それがお客様や時代と向き合うことで干物屋へと変化していきました。今は干物を売っているけど、もしかしたら、いずれは干物ではなく缶詰が売り上げのほとんどを占めているかもしれません。それでいいんです。
いいもの、美味しいもの、嘘のないものを売るのは大前提で、これからもお客様一人ひとりの気持ちに寄り添うような商品を届けていきたいと思っています」
取材・文:園田もなか、写真:栗原洋平
PROFILE
株式会社あをきのひもの本店
担当者:青木繁明(専務取締役)
住所:静岡県熱海市銀座町10-20
Tel:0557-81-2106
Mail:sige@aoki-himono.co.jp
Web:https://www.aoki-himono.co.jp/
設立:1947年1月(創業は1866年)
資本金:1000万円
事業内容:干物やその他水産加工品製造、及び販売業