複業人材を受け入れた老舗ホテルに生まれた変化。「結果」以上に期待することとは
働き方改革をきっかけに社会に浸透し始めた「複業」ですが、複業を解禁する企業が増える一方、企業がどのように人材を受け入れ、どのような成果が生まれているのかといった情報は、まだ少ないのが現状です。
熱海の老舗ホテル「ホテルニューアカオ」が運営する庭園「アカオハーブ&ローズガーデン」では、2018年12月より複業人材を採用し、25万坪の広大な敷地の活用を進めてきました。
採用から一年が経ち、どのような変化が生まれたのか、そもそもなぜ複業人材を受け入れようと決めたのか。ホテルニューアカオ リゾート25万坪活用部部長の武 茂生さんに聞きました。
一年で多数の企画が生まれ、来場者数も増加
都内の旅行系ベンチャー企業でプランナーとして働く小林未歩さんは、現在も月に1、2回のペースで来社し、社員とともにアカオハーブ&ローズガーデン(以下、ガーデン)の敷地を活かした企画の立案と実行に動いています。
5、6年前まで、来場者の多くは60代から70代のシニア層でした。2017年に園内に新しいカフェ「コエダハウス」ができてからは若い人の来場が増えましたが、「楽しんでもらえるコンテンツが足りていなかった」と、武さんは話します。
「採用当初、小林さんにはガーデンの強みである景観を活用し、若い女性目線で写真映えするスポットを考えてほしいとお願いしました」
花が咲かない冬は、来場者数はピーク時の6分の1ほど。冬でもお客様に喜んでもらえる企画を社員と検討する中で、男性から女性に花束を贈る「フラワーバレンタインイベント」を立案し、以降、相模灘に臨む景観を活かした絶景スポット「フレームハウス」「切り株ベンチ」「ハンモックベンチ」、お土産として販売しているハーブティーのリブランディングなど、一年間でさまざまな企画が生まれました。
SNS映えスポット紹介サイト「snaplace」が発表した2019年のインスタ映えスポットランキングでは、ガーデンが全国6位にランクイン。熱海の観光スポットとして注目を集めることも相乗効果となり、2019年9月の来場者数は一昨年から2.5倍、閑散期の12月から1月でも1.5倍に増加しました。
「ずっと同じ環境にいると、どうしても自分たちの価値が見えなくなります。ですが、小林さんは常にお客様目線のアイデアを出してくれる。ガーデンの来場者の8割が首都圏からいらっしゃるので、小林さんの意見はお客様のニーズを的確に捉えていました。
程よい距離感でフラットに意見交換ができるので、彼女が入ることで意見の幅も広がり、事業のスピード感も増しましたね」
複業人材に求めるのは、成果より「新たな動きが生まれること」
とはいえ武さんは最初から多くは望まず、本人には「社員を巻き込んでほしい」とだけ、シンプルに期待を伝えたそうです。
「月に数回来てもらう人に、成果を求めすぎるのは違うと思うんです。もちろん、個別のプロジェクトのミッションや成果は都度話し合って決めますが、重視しているのは、数字的な成果よりも社内に新しい動きが生まれること」
「私自身、ずっとホテルの仕事をしてきましたが、24時間いつでも一定レベルのサービスを提供しようとすると、どうしても守りに意識が向きがちなんです。『変わらないサービス』に価値を感じてくれるお客さんも多いですから。
ですが、社内に新しい動きが生まれているのがわかると、自分たちにも新しいことが生み出せる、自分もやっていいんだと感じてもらえます。会社へのモチベーションも上がりますし、実際に自発的にアイデアや議論が生まれている。そこが大事だと思っています」
ホテルのスタッフにもガーデンでの新たな取り組みが浸透し、中には異動を希望する社員も出てきているそうです。
採用の決め手は「一緒に働きたいかどうか」
複業人材活用のスムーズな走りだしには、現場社員の存在も大きく関わっています。
ガーデンにはショップやカフェなど複数の部門がありますが、小林さんは横断的に動けるように、特定の部門には所属していません。部門をまたいで協力を得るため、企画を担当する社員が小林さんとともに他部門とよくコミュニケーションをとり、プロジェクトを進行しやすくしています。
「企画を担当する現場社員には、面接から立ち会ってもらいました。自分が知らないところで採用された人と、『じゃあ明日から一緒に仕事をして』と急に言われても、抵抗感がありますよね。ましてや毎日一緒に仕事をするわけではないですし、採用から関わることが、一緒にやっていくメンバーとして受け入れやすい。
小林さんは面接時に企画書を用意してくれ、やりたいことが明確でした。最終的に一緒に働きたいかどうかで選んだところ、満場一致で小林さんに決まったんです」
複業勤務スタートから2ヶ月で、前出のフラワーバレンタインイベントが実現できたのも、社員と一緒になって取り組んだからこそ。双方にとっての成功体験となりました。
受け入れ成功に必要なのは、複業人材に求めることの明確化
必要とする人材は、企業の業種や状況によってさまざま。その上で武さんは「各企業側がどんなことをお願いしたいのかを明確にすることが重要」と続けます。
「小林さんは、単にアイデアを提供してくれるだけではなく、企画書の作成から実行までフットワーク軽く動いてくれています。
アイデア量に比例してやることが増えると、実行を担う現場社員は疲弊してしまうこともありますよね。うちには一緒に手を動かし、一緒に動いてくれる人が必要でした」
企業がお願いしたいことと、本人がやりたいことやできることがかみ合っているか。複業だからこそ、より双方の方向性の一致が求められます。
「複業人材の募集を決めた背景もそうですが、よほど大きなリスクがない限りは新しいことに挑戦しようと決めている」という武さん。これからもガーデンから生み出される新たな取り組みや動きに注目です。
取材・文:福田さや香、写真:栗原洋平 ©ホテルニューアカオ(4.7枚目)
PROFILE
ホテルニューアカオの営業職やホテルの企画室(社長室)勤務を経て、2018年に「アカオハーブ&ローズガーデン」に異動。複業人材活用をはじめ、25万坪の敷地を生かした新たな取り組みに積極的に動いている。