同じものを食べられる幸せを。「身体想いのごはん」を掲げるカフェが米粉パンに注力する理由
伊豆高原エリアにある「Organic Cafe M2(オーガニックカフェ エムニ)」は、地元のオーガニック野菜をふんだんに使ったグルテンフリーの食事がとれるカフェ。
「身体想いのごはん」をテーマにオーナーの山下由香さんが見た目や味にもこだわり抜いた料理は、遠方からもお客さんが訪れるほど好評です。
グルテンフリーでありながら味や食感も追求したオリジナルの米粉パンも開発し、カフェだけでなく現在は小学校への導入に向けた活動もしているという山下さんに、おいしさにかける思いを聞きました。
“わざわざ行かないとたどり着けない”場所にある人気店
Organic Cafe M2が提供する食事は、肉類や白砂糖、小麦粉、化学調味料を使わず、地元でとれた有機栽培米や野菜で作られています。
「メインは『3分づきごはんセット』です。旬の野菜がメインで、お米も含めてほぼ伊豆の食材だけで作っています。マクロビオティックの考えを主軸にしていますが、いくら体に良くても料理はやっぱりおいしくないとだめだと思うので、マクロビオティックでありながら味もしっかりしたものにしています。
と言っても、甘くておいしい野菜を使っていれば、そこまで味付けしなくても十分に味がするおいしいものが作れるんですよ」
お店は熱海や下田から車で約1時間、最寄りの伊豆高原駅からも車で5分ほどの“わざわざ行かないとたどり着けない”場所にありますが、取材に伺った平日も予約で席が埋まるほどの人気ぶり。
お客さんの8割は地元の方ですが、中には関西や海外から訪れるファンもいます。
オープン初日に震災が起き、「潰れちゃったな」と覚悟
山下さんがOrganic Cafe M2をオープンしたのは8年前。当時、夫の両親が営んでいた民宿「松下」では集客が難しい状況が続いており、利用客のニーズに合わせて部屋ごとにトイレや露天風呂をつくるなどの改装をしようにも、数千万もの投資が必要となる見込みでした。
そこで、思い切って廃業して山下さんが学んできたマクロビオティックを主軸としたカフェにしてはどうかと家族に提案。世代交代とともに今のお店が生まれることになったそうです。
「マクロビオティックの料理は、夫が心臓の病気をした時に主治医から食の改善を勧められたことがきっかけで習い始めました。その後、夫の体調は回復しましたが、せっかく習った料理を家族以外にも披露したいと思い、民宿のお客様にもときどきマクロビオティックの料理や、パエリア、ブイヤベースなど民宿らしからぬものを出していたんです(笑)。それが好評だったので、これならいけるんじゃないかという思いがありました」
ですが、オープン初日は東日本大震災が起きた2011年3月11日。すぐに「潰れちゃったな」と覚悟したといいます。
「お店の目の前が海という立地なのですが、震災後は津波警報がなかなか解除されませんでした。解除後も1日にコーヒー1杯しか売れなかったりと、オープンから数ヶ月はお客様が全然来なかったんです。もったいない話ですが破棄する食材も多かったですし、今振り返ると、どうやって続けていたんだろうと思うほどです」
それでもめげずに続けていたところ、素材の良さやおいしさなど、少しずつ地域に口コミでお店の評判が広まり、運よくテレビや雑誌に取り上げられたことも相まってお客さんが増えていきました。
いまでは定期的に開く料理教室も、すぐに満席になるなど山下さんの料理を求めて多くの人が集まるようになりました。
おいしくて結果的に体にも良いのが「身体想いのごはん」
オーガニックというと健康重視のイメージがありますが、山下さんは「おいしいことが一番大事」と話します。
「お客様はマクロビオティックを実践しているからとか、ビーガンだからという理由ではなくて、ただおいしいからと言って食べに来てくれる方が多いんです。
私自身もすき焼きやお寿司は大好きですし、肉や魚を食べてはだめということではありません。シンプルにおいしいからこういう料理を提供しているんですよね」
小さい頃から味覚が敏感で「化学調味料を受け付けなかった」という山下さん。
小学校中学年の頃から自分で料理を作って家族に披露しては、「おいしい」と言われるのが一番うれしかったと振り返ります。
「子供の頃から家族に『おいしい』って言ってほしくて、新聞に載っているレシピを切り抜いては『今度はこれを作ってみよう』とノートに貼っていました。当時感じていた『おいしいと言われるうれしさ』が私の原点で、それが今にもつながっているんだと思います。
おいしく食べてもらった結果、体にも良かったというのが『身体想いのごはん』が理想とするところです」
アレルギーの人も同じものを食べられるよう、米粉パンを広めたい
そんなOrganic Cafe M2が今一番注力しているのが、オリジナルの米粉パン「CUBREAD(キューブレッド)」事業。
実は山下さん自身が小麦アレルギーを発症し、誰もが安心しておいしく食べられるパンを求めてグルテンフリーの米粉パンに行きついたという経緯があります。
「8年前にお店でパン教室を開いていたら、ある日、全身にじんましんが出たんです。私の場合は小麦を吸い込むだけでのどが閉塞してしまい呼吸ができなくなるので、お医者さんからは『命にかかわる病気』と言われて……」
自身が発症したことで小麦アレルギーに悩む人の多さや深刻さ、そして日本におけるグルテンフリーの対応の遅れを痛感することに。
「たとえばグルテンフリー対応を謳うピザ屋さんも、同じ窯で小麦のピザを焼いていたりします。それだとどうしても小麦がコンタミネーション(混合)してしまい、私のような人は食べられない。海外だと窯を変えるか、パスタだと鍋を変えるかまで聞かれるのですが、日本では残念ながらそうした認識はまだ広まっていません」
誰もが食べられるものをと米粉パンの開発を始めましたが、当初は失敗続きで、「焼いて放置したお餅のようなカチコチのものができました」と笑います。
それでもカフェの営業の合間に試作を繰り返し、約4年間かけて自身が納得するふわふわの米粉パンにたどり着きました。
今ではOrganic Cafe M2の併設店で金~日曜日(日曜日は第1、3、5週)に販売するだけにとどまらず、少しずつ販路を広げています。
二子玉川高島屋の「タマガワグリーンマーケット」では毎月出店をし、毎回予約してくれるファンがつくほど好評となっているそうです。
「ありがたいことに毎回100点以上は売れますね。お子さんがアレルギーという方も、単純においしさを求めて購入される方もいます。アレルギーの人もそうでない人も、一緒の空間で同じものを食べられるって幸せなことだと思うんです。我慢している人、困っている人の新しい選択肢として広がれば嬉しいです」
米粉パンの普及には、小麦に比べると高価な原材料費や、「硬い」というイメージの改善など、課題がいくつかあります。山下さんはCUBREADの販路を広げていくことで、一つひとつクリアしていこうとしています。
「グルテンフリーを求める海外のお客様にも需要がありますし、この動きが広まれば結果的に日本の米余りと言われる状況も改善するんじゃないかと考えています」
みんなが幸せを感じられる「おいしい」のベースを提供していく
カフェや米粉パンの販売、ケータリング、料理教室を手がけ、これまで常に相手の期待をどう越えていくかを考えてきた山下さん。先々のビジョンを伺うと「小学校の給食に米粉パンの日を作りたい」と話します。
「最初の一歩として、12月から地元の小学校に米粉パンの提供を始めています。米粉パンが導入されれば、小麦アレルギーの子も一緒に、同じもので『おいしい』を感じられますよね。『おいしい』って、うれしいじゃないですか。作っている人もうれしいし、食べている人も幸せになります。私の料理や米粉パンから、そういう環境や機会を作っていきたいですね。
まだまだおいしいものが作れると思うので、これで完成と思わず、常に改良を重ねておいしさを追求していきたいです」
取材・文:福田さや香、写真:保田敬介
PROFILE
責任者:山下由香
住所: 静岡県伊東市赤沢24-2
電話番号: 090-9173-7018
Mail: m2.yuka.yamashita@gmail.com
Web: https://www.facebook.com/OrganicCafeM2/
設立: 2011年3月11日
事業内容: オーガニック野菜を使ったグルテンフリーの「身体想いのごはん」の提供。ケータリング、デリバリー事業、米粉パン「CUBREAD(キューブレッド)」事業など。