「日常使いの熱海」を目指す。観光だけではない多様な関わり方を生み出す、まちづくり会社の思い

静岡県熱海市に拠点を置く株式会社「machimori(マチモリ)」は、市内の活用されていない空き家物件を再生して地域に活気を生みだしていく、まちづくり会社です。
市街地の商店街「熱海銀座」を中心に、ゲストハウス「MARUYA(マルヤ)」やコワーキングスペース「naedoco(ナエドコ)」を運営。店舗誘致なども積極的に行っています。
これらは一見、観光地としての熱海を魅力的にする活動のようにも思えますが、彼らの狙いはそこではありません。machimori発足から一貫して目指してきたのは「日常的に使ってもらう熱海」の姿。代表の市来広一郎さんに、同社が目指す地域再生のビジョンを聞きました。
最初から「観光客を増やすこと」が目標ではなかった
2015年、13年ぶりに宿泊客数が300万人を突破。以降もその客足を維持し、「観光客のV字回復」がメディアに注目されている熱海。
ですが、以前から市来さんが目指してきた熱海再生のビジョンは、観光客の増加を目指したものではない、と話します。
「当初から考えていたのは、まず地元の人たちが満足して暮らせる街にすること。そうでなければ、持続可能な社会にはならないと思っていたからです。僕自身がかつて海外を周遊した際、訪れた土地が『素敵だな』と感じるのは、楽しそうに暮らし、自分たちの住む街を誇りに思っている地元の人たちに触れたときでした。
一時的に遊びに来る観光の場であるのを目指すのではなく、まずは地元の人も含め、熱海という地に愛着を持ってくれるファンを増やすこと。旅行でも、生活でも、二拠点居住でもいい。それぞれが望む付き合い方ができる場をつくることで、自然と活気が生まれてくる、というのが当社のビジョンでした」

12年前にUターンしてきた当時の熱海は、空き店舗がズラっと並ぶくすんだシャッター街。以前はメインストリートだった「熱海銀座」でさえ、30店舗中10店舗が使われていないという状況でした。
まずは地域と関わりの場を作ることを目指し、熱海銀座エリア周辺の空き家を活用してカフェやゲストハウスをオープンすることから活動を開始しました。
「街を変えたいなら、まずは自らリスクを取り、店を動かしていくことから始めないと、と。店という“場”ができることで人の流れや地域とのつながりも生まれ、地元の方々の理解を得られるようになりました。
少しずつですが観光客の客足が戻りはじめ、僕らが当初考えていた多様な関わり方を望む人たちも呼びこめるようになってきたんです」

活動開始から12年。今いるのは、まだ山の1合目。
熱海で活動を始めて12年、2011年にmachimoriを立ち上げてから現在9年目。今はまだ山の1合目くらいにいる、と市来さんは話します。
「振り返るとこの10年間は、最も大変な“地ならし”の時期でした。いくら熱海で生まれ育ったとはいえ、Uターン当初はどこの馬の骨とも分からない人間扱いです。“何を言ったか”よりも、“誰が言ったか”が重要視されがちな地方社会。熱海も例外ではありませんでした。
しかし実際に店を作り、街に起こった変化を見てもらうことで、地元のモチベーションも変わってきました。正直、会社としては苦しい時期もありましたが、今はようやく利益も出るようになりました」
環境や組織がようやく整い、これからはスピード感を持ってやっていける。そんな実感と同時に高まってくるのは「人材」に対するニーズです。
「この先も熱海にさらなる変化を生みだしていくには、新たな視点を持ったたくさんのプレイヤーに関わってもらうことが必須です。地元の人たちだけで何かしようと考えても、新たな発想が生まれづらい。外から来る人たちと関わることで、地元の人や経営者たちも刺激を受けますし、彼らもそういう交流を望むようになっています。
実際に新たな事業や取り組みも生まれてきていますし、プレイヤーになってくれた人たちも、自分たちの存在をきっかけとして目の前で街が変わっていく様子を目にして、さらに熱海に愛着を持ってくれるようになっている。いい循環が生まれています」

熱海は「新しい挑戦を作れる場」になれる
個人を呼びこむことと並行し、一緒に街の活性化に取り組んでくれるパートナー企業を探すことも今後の重要な課題のひとつ。そこには、かつて熱海が90年代に直面したバブル崩壊の経験があったといいます。
「90年代を迎えたときに、市外の企業は軒並み撤退。街は廃墟のようになりました。地元の企業や商店の相次ぐ倒産、僕の実家である保養所も例外ではなく、1999年に閉鎖を余儀なくされました。
そういう事態を防ぐためにも、単に企業を誘致すればいいのではなく、一緒にこの街でチャレンジをしよう、と考えてくれる企業を見つけ、来ていただくことが大切です」

「たとえば高齢化率の高い“課題先進都市”であることを利用したR&D(研究開発)やモデル事業の開発など『熱海だから新しい取り組みができる』という可能性や面白みを感じてもらいたい。
首都圏に近い温泉地として、最近では二拠点での働き方という観点でも注目されてきています。この街がこれまでにない挑戦や価値観を作れる場所として機能していけば、熱海を訪れる人の顔ぶれはより多様に、より面白くなっていくはず」
「machimori」で人を育て、その人たちが全国の街を育てる
ここ数年、machimoriをどういう規模の会社にしていくかを悩んでいた、という市来さん。しかし、ようやくその答えが見えてきたと言います。
「あえて小さな規模を維持して運営していくか、それとも会社を大きくしていくか…決めきれずにモヤモヤしていた時期がありました。でも、会社の規模が大きくなれば、たくさんの事業を生みだすことができ、そのぶんより多くの人材を育成することができる。着実に会社を大きくし、人を育てようと決意しました」
これから5~10年が熱海にとって勝負の時期になる、という確信が決断の背中を押したのだとか。

「商店主の高齢化が確実に進む現状では、ここ10年でさらに閉店が増え、街の風景が変わってしまうおそれがあります。僕たちは街に新しい感性は取り入れますが、単に話題の店を持ってくるような手法ではなく、古くからある良さや雰囲気はちゃんと残していきたい。
10年後には今の観光バブルも去っているでしょうし、日本全体の経済すらどうなっているか分かりません。そのときまでに力をつけ、一気に変化を起こせる体力と資金、そして“人材”を育てておきたいんです」
街の再生をテーマに多様な人材を輩出できる会社になりたい、というビジョンがmachimoriの目指すゴールのひとつです。
「熱海のまちづくり会社として、地域で人と人との関係を作りながら事業を育て、会社として健全に運営を続けていく。でもそれは、やりがいがある一方で、楽な事業ではありません。手間も時間もかかるからこそ『やりたい!』と手を挙げてくれる人は決して多くない。だからこそ、machimoriという会社のなかでビジョンを共有できる人材を育てたい。
当社で熱海のために働いてくれるのはもちろん歓迎ですし、経験を積んだあとに違う地域で起業を目指すのも大歓迎。そういう人が増えれば日本の各地で、もしかしたら世界の各地で街が再生していく可能性がある。それぞれ豊かな個性を持つ街が人々の幸せな暮らしの場になる、そんな未来が実現することを心から願っています」
取材・文:木内アキ 写真:栗原洋平

PROFILE
代表: 市来広一郎
住所: 熱海市銀座町6-6 サトウ椿ビル2F
電話番号: 0557-52-4345(NPO法人atamistaと共通の番号)
Mail: info@machimori.jp
Web: http://machimori.jp
設立: 2011年10月7日
資本金: 845万円
事業内容: 熱海の中心市街地再生のための事業、エリア・ファシリティ・マネジメント事業(ビル共同化管理事業)、飲食店・宿泊業経営、遊休不動産のリノベーションによる事業開発・転貸。