安全面から熱海を支える。Uターンしたから見えた「まちを守る防災サービス」のあり方
熱海には年間約300万人もの宿泊客が訪れます。消防設備の導入・保守点検を行う「ワタナベ電気防災」は、1989年の創業以来、宿泊客を迎える地元の旅館やホテルなどを防災の面から支えてきました。
この会社の2代目となる渡辺淳司さんは、東京でIT企業の営業職を経験後、8年前に熱海にUターン。現在は同社取締役を務めます。消防設備といえば本来、消防法に基づいて“当たり前”に必要とされるものですが、だからこそ、設置や点検時における丁寧な説明やコミュニケーションを大事にしているといいます。
「熱海の発展に安全面で寄与したい」と話す渡辺さんに、事業への思いを聞きました。
Uターン後に知った、会社の経営悪化
ワタナベ電気防災が取り扱うのは、火災報知器やスプリンクラーなど、万一の時のための消防設備や電気通信設備。
小田原や箱根、熱海、伊豆エリアを中心とした旅館やホテル、マンションを対象に、必要な設備の設計から設置、導入後の保守点検までを行っています。
「何かあったときにすぐに駆けつけて対応できることが大事なので、地元企業を選ぶ事業者さんは多いです。近年は熱海を訪れる人が増えていますし、民泊解禁の影響もあって相談件数は増えていますね」
もともとは渡辺さんの父である現社長がひとりで始めた会社でしたが、今は25歳から67歳まで幅広い年齢層のスタッフが12名働いており、年間売上は約1億5000万円まで拡大。「防災だったらワタナベ電気防災があるよ」と声がかかることが多く、地元の事業者からの信頼も厚いです。
ですが、渡辺さんがUターンしてきた2011年当時の従業員数は7名とまだ少なく、しかも赤字が出るほど経営状況が悪化していました。
「地元を出て東京に住んでいましたが、長男なのでもともと会社を継ぐつもりで、結婚を機に夫婦で熱海に戻りました。当時、父は『会社が過渡期だから戻ってきたらどうか』と言っていましたが、ふたを開けてみると売上は年間6000万円ほどで収支としては赤字。仕事はないし、正直東京にいたほうがよかったのでは…と思ったほどでした」
会社が窮地に陥った理由を、「当時は今ほど顧客目線になりきれていないところがあった」と振り返る渡辺さん。入社後、前職で営業マンとして身に付けていた目線との違いから、時にもどかしさを感じることもあったそうです。
「当時よく耳にしたのが、お客様への『これは法律で決まっているので』という言葉。確かにその通りなのですが、法制化されるのには理由があります。なぜその設備が必要なのかを丁寧にお伝えしないと、お客様はしかたなく導入することになってしまいます」
“社員ファースト”と“顧客ファースト”の両立へ
ワタナベ電気防災は創業以来ずっと、社員を大切にする“社員ファースト”を貫いてきました。社員はもちろん、社員の家族も大切にし、残業は基本的にしない・させない環境です。
渡辺さんは、もともと持っている良さや守るべき企業文化は守りながら、“顧客ファースト”の視点も取り入れられるようにと、少しずつ改革を進めてきました。
「各社員のパソコンでバラバラに管理していた対応履歴を集約し、データベースから顧客カルテを参照できるようにしたり、日報を導入したり。今まで個々人で把握していた情報を共有することで、より責任を持ってお客様に対応できる体制づくりからスタートしました」
会社のホームページの開設や、消防設備関連の免許取得の推進などにも取り組んだという渡辺さん。地道に動き続けるうちに、社員の変化が目に見えてわかるようになってきたといいます。
「一軒一軒のお客様に対して、細かな気づかいができるようになりました。『ここの管理人さんはすごく心配されるから、いつもよりさらに10分早く訪問しよう』とか、本当に小さなことでお恥ずかしいのですが、結局それが積み重なって信頼につながっていくんですよね。
それに加え、社内に話し合いのキャッチボールが増えたことも実感しています。以前は話さずとも通じ合っていることが美徳みたいな風潮がありましたが、こまめに言葉で説明して理解し合う文化へと変わりました。あるベテラン社員から『淳司が帰ってきてから仕事が増えたね』と言われたことは、すごく嬉しかったですね」
防災の必要性を伝えるのも、提供できる価値のひとつ。今後、満足度の高いサービスを追及するためにも、時代の変化に即して、サービスの範囲や提供できる価値を広げていきたいという思いがあります。
「これからIoTの普及などに伴い、消えていく設備や業務もあるでしょう。たとえば火災報知器などは、現地に行かずとも遠隔からネットワーク経由で保守ができるようになるかもしれません。僕らもこれまで通り消防設備というハードの提供だけでは、そもそも生き残りも難しいでしょうし、変化していく必要があります」
その上で渡辺さんは、定期点検や防災訓練などで継続的にお客様との接点を持つ立場として、「防災意識の向上を促す、ソフト面のサポートもしていきたい」と続けます。
「防災は、お客様の売上に直結するものではありません。旅館やホテルの場合、どちらかといえば内装や寝具、食事などに目が行ってしまうと思います。ですが、設備がきちんと作動するかどうか、日頃の訓練にいかに意識高く取り組めているかによって、万一の時の被害は大きく変わってきます。どれだけ設備が完璧でも、使う人に心構えや知識がないと意味がなくて。設備をちゃんと使える人がいて、初めて災害に対応できるんです」
「休館日に防災訓練を徹底的にやるなど、防災にまで高い意識を持っている施設は、経営状態も良好なことが多いです。万が一のことも含めてお客様目線になっていることが、サービスにも表れるんだと思うんですよね。
そういうBCP(事業継続計画)意識の高い施設がどんな訓練をしているのか、備蓄品はどんなものを置いているのかという事例を紹介したり、お客様と一緒に防災意識を高める施策を考え、実行するということも、僕らが提供できる価値だと思っています」
多くの人が訪れる熱海を防災面から支えたい
熱海にUターンして9年目。この間に熱海の観光客数はV字回復し、再び多くの人が熱海を訪れるようになりました。そんな中、渡辺さんは防災の面からまちを守る責任を改めて感じています。
「かつてはシャッター通りだった熱海が、まちのみなさんの取り組みによってこんなにも盛り上がるようになりました。そんな中、一件の火事でこの盛り上がりが後退するなんてことは、なんとしても防ぎたい。まちづくりに対して僕らも何か協力できないかと、ずっと考えていましたが、力になれるのはやっぱり安全や防災の部分だと思うんです」
熱海には建物が密集する地域も数多く残っており、昭和25年に起きた熱海大火では甚大な被害を出しました。こうした土地だからこそ、地域との連携しつつまちを守っていきたいといいます。
「建物が密集している地域では、ぼやから大火災に発展してしまうこともあります。建物単位ではなく地域で考えていくことも大切なので、今後、地域の事業者さんと連携して広域的な防災訓練などにも取り組んでいければと思っています。
たくさんの方が訪れるエリアだからこそ、その方たちが安全に過ごせるまちにしていきたいですね」
取材・文:福田さや香、写真:栗原洋平(1.3.4.5枚目)
PROFILE
代表:渡辺 淳司
住所: 静岡県熱海市網代130-1
電話番号: 0557-68-5056
Mail: info@bosai-wec.jp
Web: https://www.wecs.co.jp
設立: 1989年9月9日(2020年9月に社名変更)
資本金: 950万円
事業内容: 防災設備工事業、消防用設備全般の保守点検業務、各種消火器及び防災用品販売、電気設備工事業、音響設備工事業など。