今の働き方じゃなくてもいいのかもしれない。レールを降り、地域企業との協業で広がった自身の幅
自宅から会社まで、1時間半かけて通勤する毎日。電車に揺られながら「定年まで会社員として働くんだろう」と柳井大和さんは考えていました。
ですが、柳井さんの人生はひょんなところから一変。40歳をきっかけに会社員から独立し、現在は小規模事業者や中小企業のバックオフィス業務の整備、IT機器導入サポートなどを担っています。
2019年秋からは“複業”として熱海の防災会社「ウェックス(旧社名:ワタナベ電気防災)」の業務改善にも携わっています。柳井さんの現在の働き方につながった出来事とは。話を聞きました。
「なんとなくどうにかしたい」事業者をサポート
柳井さんは2019年1月より、妻の麻世さんとともに小規模事業者や中小企業をサポートする「おおばこオフィス」を立ち上げ、個人事業主として曜日や時間を固定しない働き方をしています。
業務内容は小売店へのタブレットレジ導入サポート、ゲストハウスの業務改善などを中心に、複数社とのクライアントワークに精を出しています。
「販売管理や在庫管理のシステムを入れたいなど、やりたいことが明確であれば専門の業者に頼むこともできますが、『なんとなく今の業務をどうにかしたい』と思っている企業は地域にたくさんあると思うんです。ただ、それなりの規模の企業でなければ、ITの人材を1人雇うのは難しい。僕らは、そういった事業者さんのお手伝いをしています」
CIRCULATION LIFEを通じてウェックス(当時はワタナベ電気防災)の複業求人を見た時は、「まさに自分たちのことだ」と感じたそうです。
「記事や求人からは、変えたいことはあるものの、どこから手を付けていいかわからないとの思いが伝わってきました。『システムは浸透しなければ意味がない』との考えもお持ちだったので、それなら専門業者ではなく、僕らのほうがもう少しフットワーク軽く、浸透するまでサポートできるだろうなと思いました」
実際にウェックスとの仕事を始めてからは、ヒアリングによって現場社員のITリテラシーや負荷となっている作業を推定し、実情に合ったソリューションを提供してきました。
約9ヶ月間で手掛けたのは、ホワイトボードで行っていた案件管理のエクセルシート化および、Googleフォームやスプレッドシートを活用したオンライン日報システムの作成。また、リニューアルしたばかりのWebサイト制作のサポートや、今年9月からはkintoneを活用した新たなシステム導入も予定しています。
会社員の働き方に、不満が特別あったわけではなかった
今でこそ柔軟な働き方をしている柳井さんですが、2018年まではアパレルメーカーの社内SEとして“一般的な”働き方を続けてきました。
「月曜日から金曜日まで、藤沢から都内に1時間半かけて通勤していました。そのことに大きなストレスを感じていたわけでもなく、かつては『定年まで会社員としてこうやって働くんだろう』と思っていました」
ただ、通勤時間が長いため朝7時に家を出て、帰宅時間は早くて20時。夫婦で過ごせる時間があまりに短く、40歳を機に「この働き方じゃなくてもいいのかもしれない」と考えるようになったといいます。
「まず収入面を考えてみた時に、家賃がそこまで高いところに住んでいるわけでもないし、お金をかける趣味があるわけでもない。収入を維持しないといけない理由があまりないと気づいたんです。
妻には、常々『通勤に1.5時間もかけるなんて尊敬する』と言われていたこともあり(笑)、『これまでよく(通勤)頑張ったね』と会社を辞めることをポジティブに捉えてくれました」
壱岐のゲストハウスで働くことで見えた、地域の課題
次の仕事を決めないまま退職した柳井さん、ほぼ同時期に仕事を辞めた麻世さんと1ヶ月の旅行をすることにしました。実は、この時の経験が現在の働き方につながる転機となります。
「長期の旅行でも宿泊費を抑えられるよう、ヘルパーとして住み込みで壱岐のゲストハウスに滞在することにしたんです。そこでは清掃などの仕事をしていましたが、偶然『タブレットレジの導入を検討しているから一緒に説明を聞いてくれないか』と言われ、導入のサポートをすることになったんです」
また、働く中でゲストの食事代の受領状況を管理できる精算表を作成するなど、業務改善の提案も行っていくうちに、壱岐の建材店の商品管理の改善サポートをすることになり、新しい仕事につながりました。
「精算表は自分たちが臨機応変に対応できないから作成したんですが、改善したら『すごくいいよ』という話になったんです。そんな感じで1ヶ月を過ごし、ITを活用するだけじゃなく、ちょっとした変化を生むだけでもうまく回るケースはあって、それに気づけていない事業者さんもあるんだなとぼんやりと考え始めました。
藤沢に戻ってすぐにまた手伝ってほしいとゲストハウスから声をかけられたことも、『僕らでも役に立てることがあるんだ』という後押しになりました」
地域企業とのコミュニケーションでは「わかったふり」をしない
「地域ならではのルールや表現、その企業や業界のことを知れるのは、この仕事の面白さですね」と柳井さんは話します。だからこそ、地域の企業とコミュニケーションをする上では、わかったふりをしないと決めています。
「その地域で、そのお仕事をずっとしている方々と話しをすると、当然わかるものとして専門用語が使われたりします。そういう時は、『それ、なんですか?』とわかったふりをしないで質問するようにしています。
恥ずかしいからといって知っているふりをすると、後から勘違いに気づくこともある。そうならないよう、どんな仕事でもきちんと言葉の意味を確認するようにしています」
働き方の選択肢は、案外たくさんある
個人事業主として、取引先を増やし収入を安定させる必要もあります。今後の課題は「困っている企業をどう探し出すか」です。
「事業を続けていくためにも、収入の面には向き合っていかなければいけません。長期的な関係性を築ける取引先を増やす必要がありますし、そこが一番苦労しているところですね。
ですが、会社員時代に比べて夫婦で過ごす時間がとれるようになりましたし、今の働き方は自分たちに合っていると思います。地域に関わる面白さや、いろんな方の役に立てている実感もあるので、続けていきたいです」
独立し、個人事業主や複業として働き方を変えてみた結果、自身の幅を広げることができた柳井さん。働き方に悩む人や複業を検討している人には、「仕事はいっぱいあると伝えたい」と話します。
「人と話すのも外に出るのもあんまり好きじゃないと思いながら40年間過ごしてきましたが、壱岐のゲストハウスに飛び込んだことをきっかけに、今のような働き方ができています。
それに、正直、私自身すごく高い技術を持っているかというと、まったくそういうことはないんです。視野を狭めないで考えてみると、選択肢は意外とたくさんあると伝えたいですね」
《ウェックスでの複業の取り組みについての記事はこちらから》
取材・文:福田さや香、写真:岡田良寛/4枚目5枚目は柳井さん提供
PROFILE
アパレルメーカーの社内SEなどを経て、2019年に独立。妻の麻世さんとともに小規模事業者や中小企業のバックオフィス業務の整備、IT機器導入などをサポートする「おおばこオフィス」を立ち上げる。2019年秋からは、“複業”として熱海の防災会社「ウェックス(旧社名:ワタナベ電気防災)」の業務改善にも携わっている。